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2026.10.14
『環境としての服』 第2章
第2章:染めの仕組みと素材の役割 ― 合成樹脂を使わない定着の工夫
化学合成バインダー(合成樹脂や接着剤)を一切使わずに、水に溶けない鉱物の粉末や植物の成分をどうやって繊維に定着させ、洗濯や日常の着用に耐える生地にするのか。 現在、私たちは特性の異なる2つの染色・加工方法を実践している。一つは複合鉱物とキトサン・呉汁を用いた「鉱物顔料染め」、もう一つは松煙・ゼオライトと柿渋・鉄媒染・植物油を組み合わせた「松煙ゼオライト呉汁染め」である。
1. 合成樹脂を使わずに成分を固定する仕組み
単なる泥染めや顔料染めでは、水で洗うと粒子が流れ落ちてしまう。そこで、料理や伝統技法でも使われる天然物質同士の反応を組み合わせて、繊維に成分を固定(ロック)している。
・微粒子化と天然乳化(染液づくり)
カオリンやゼオライトなどの鉱物と白檀を専用の粉砕・分散処理を施す。さらに、水と混ざらない植物油を、大豆の絞り汁である「呉汁」に含まれるレシチン(天然の乳化成分)の力で混ぜ合わせ、均一な染液を作る。
・イオン結合・pH調整・豆腐化の同時反応(温浴定着)
染めて乾かした生地を、加温した「キトサン・酢・にがり」の液に浸す。 ここで、①酸に溶けたキトサンが繊維や鉱物と引き合う「イオン結合」、②酢とアルカリ性の鉱物(胡粉・ヨウリン)による定着時のpH値調整やカルシウム分の補給、③豆乳から豆腐を作るのと同じ原理で、呉汁の大豆タンパク質が熱とにがりで固まる「塩析反応」の3つを同時に起こす。 さらに水洗いした後の生地に高温のアイロン(熱プレス)をかけることで、タンパク質を熱変性させて完全に固定し、表面を滑らかに整える。
・タンニン鉄反応と油の固化(松煙ゼオライト呉汁染め)
呉汁とにがり湯煎で松煙(煤)とゼオライトを固定した生地に、柿渋を塗り、木酢酸鉄で媒染する。柿渋のタンニンと鉄分が結合して黒〜茶褐色に発色・定着し、最後に塗る油(乾性油)が空気中の酸素と反応して固まることで、生地の表面に薄い保護膜を作る。
2. 染色によって生まれる生地の質感と特徴
これらの工程を経た生地には、合成繊維や化学コーティングとは異なる、天然素材ならではの視覚的・物理的な特徴が現れる。
・光の当たり方で変わる色味(条件等色)
化学染料で均一に染めるのではなく、カオリン(白)、ヒナイグリーン(緑)、ヨウリン(暗灰)、雲母(光沢)など、色の異なる微細な鉱物の粒が繊維の間にモザイク状に定着している。そのため、粒が光を乱反射し、室内の蛍光灯の下と屋外の太陽光(朝日や夕日など)の下で、見える色調が変化する。
・鉱物と油分による独特の風合いと肌離れ
鉱物の粉を大量に定着させると本来はゴワゴワと硬くなるが、内部に閉じ込めた不乾性油、そして最後の高温熱プレスによって、生地のしなやかさを保っている。また、細かい粘土鉱物(カオリン)と熱プレスによって表面の凹凸がならされ、サラリとした滑らかな触感になる。
・ハリ感と水弾き(松煙・柿渋・乾性油仕様)
柿渋と鉄媒染を重ねた生地は、独特のハリとコシが生まれ、生地自体の強度が増す。さらに表面で固まった乾性油の膜が水を弾くため、雨風や摩擦に強いタフな生地へと仕上がる。
こうして自然界の鉱物や植物の力を借りて作られた生地が、着用時に日差しや風などの外部環境から身体を包む「外骨格」としての役割を果たす。
3. 使用している原材料と工程内の役割
すべて天然由来の材料を使用し、最終的な生地に骨格として残るものと、工程内の反応を助けた後に洗い流される(または揮発する)ものに分かれている。
【ベースとなる繊維】
・染める生地(植物繊維:綿・麻など)
加工の土台であり、微細な鉱物や顔料、タンパク質を受け止めるベースとなる。
・白檀(植物素材:香木パルプ)
細かく粉砕された木の繊維として生地の繊維に絡みつき、ほのかな香りを添える。
【鉱物・炭素(色と質感を形づくる材料)】
・カオリン(無機鉱物:白土・粘土鉱物)
非常に細かい粘土の粒子として繊維の隙間を埋め、表面を滑らかに整えるとともに白色のベースを作る。
・胡粉(無機鉱物:炭酸カルシウム)
カルシウム分がタンパク質の固定を助ける(余剰分は水洗いで除去される)。
・ゼオライト(多孔質鉱物)
目に見えない無数の小さな孔(あな)を持つ鉱物として、繊維の内部や表面に定着する。
・ヒナイグリーン(多孔質鉱物:緑色凝灰岩)
ゼオライトと同じく多孔質な鉱物であり、他の鉱物と混ざり合うことで淡い緑〜グレー系の自然な色合いを作る。
・ヨウリン(ガラス質ミネラル:熔成リン肥)
暗灰色の粒子として繊維内に残る。
・雲母/マイカ(無機鉱物)
粉砕せず平らな結晶のまま混ぜることで、光を反射して生地に独特の落ち着きある光沢を与える。
・松煙(微細炭素)
松を燃やした煤(すす)であり、深みのある黒色を出す顔料となる。
【バインダー・定着剤・植物油(成分を結びつける材料)】
・呉汁(大豆抽出液)
水に溶けない鉱物や松煙を繊維に繋ぎ止める「天然の接着剤(一次バインダー)」であり、油分を水に混ぜ合わせる乳化剤の役割も果たす。
・キトサン(生体高分子:多糖類)
カニやエビの殻などに由来する成分。酢に溶かすことで繊維や鉱物と電気的に引き合い(イオン結合)、全体を包み込む被膜を作る。
・酢(醸造酢・酢酸)
キトサンを溶かすために使用。
・にがり(塩化マグネシウム等)
温浴の中で呉汁の大豆タンパク質を固め(豆腐化)、鉱物や顔料を繊維に閉じ込める凝固剤として働く。
・不乾性油
固まらない性質を持つ植物油。タンパク質の網目の中に入り込み、鉱物が多く入った生地が硬くなるのを防いでしなやかさを保つ。
・柿渋(柿タンニン)
繊維をコーティングして生地を丈夫にし、次の工程で鉄分と反応するための下地を作る。
・木酢酸鉄(鉄分・木酢液)
柿渋のタンニンと結びついて黒〜茶褐色に発色させ、色落ちしにくく固定する媒染剤として働く。
・乾性油
空気に触れると固まる性質を持つ植物油。仕上げに塗ることで表面に薄い膜を作り、水弾きとツヤを与える。